第52回  深化するエロス的社会




 前回、大衆が多様性を求め、個人主義を徹底させる中で、分衆化が進み、それが、カスタマイズを進展させた果てに、孤独へと人々を誘引しているという話をした。

 多様性が生み出す、孤独だ。

 それは、孤の連合としてしか、他者と通信しえないという、「孤衆」を生み出したことで、ある特定された情報の濃密度によってのみ、人々がつながるという情報社会のいまをつくり出している。

 個が持つ半径3メートル程度の狭窄した世界を世界とし、個が徹底して深化させた情報の重さによって、他者とつながる。

 つまりは、アキバ的オタク文化によって、それは表象され、そうした狭窄した世界の価値が、いまでは否定の対象ではなく、逆に、時代のトレンドとなっている。

 ある特定の深い情報を持つ者同士だけが結びつけ、そうでないものは、そこからはじき出され、自分が関心の持てる別の特定された深い情報で他者とつながろうとする。

 インターネットは、こうした人々の要求に応えるには、またとないツールであり、現実のコミュニケーションのストレスを回避し、また、そのための能力からも撤退することができる。

 つまりは、虚構世界の中で、人とつながることで、癒されない孤独を埋めることができる。

 前回もふれたが、インターネットによって、人々がブログ、プロフ、ツイッター、SNSを求め続けるのは、こうした事情を実は担っている。

 では、こうした社会状況は、ブログやプロフ、ツイッター、SNSといったネット媒体ばかりでなく、私たちの日常生活に具体的にどのような姿で立ち現われ、私たちの生活にどのような姿で、そこにあるのだろう。

 この数年の顕著な例は、一つには家庭内殺傷事件の増加がある。

 ケースは様々であれ、幼児・児童虐待、夫婦間のDV、高齢者虐待を含め、家庭内殺傷事件が起きる、根本的な要因は、そこにある濃密な人間関係だ。

 家庭が地域と広くつながることができず、孤衆化し、家という閉塞した空間に撤退する。ただでさえ、濃密な半径3メートル以内という精神性と関係性を生きなければならない家族は、否応なく、その半径3メートルの中で、より濃密さを増す。

 大家族でもなく、近親者、親戚縁者、町内会といったものによって、家庭は補完されておらず、もっと言えば、墓や仏壇を基点とした、祖父、祖父母、曽祖父、曾祖母など先祖とのつながりも見えない。

 あるいは、職場の人間的なつながりが家庭にまで及ぶという、かっての企業社会とは姿を一変させた。上司が部下の生活に関与することはなくなり、同僚が同僚の生活上の問題や家族関係に関与し、サポートすることもなくなっている。

 密室を外に開く場と人間関係が、すぐ手の届くところになくなってしまったのだ。

 それによって、益々家庭は、孤の存在としてしか、そこになく、密室化した家庭の中で、至近距離の息苦しさが付き纏うことになった。

 愛情や肉親の情という関係であればこそ、家庭内になにがしかの問題が生まれたとき、それは濃密なエロス的関係の破綻の姿として、暴力となりやすく、その延長に殺傷事件が生まれやすい。

 あるいは、企業社会においても、雇用形態の多様化と仕事の分業化が進み、そこに組織への帰属意識や働く仲間としての集団意識が欠落していくと、働く個々の個衆が進み、企業内の職場環境が密室性を帯びる。

 ここにパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントといった問題が生まれ、それを改善する空気が醸成される余地がないという企業社会の現実が生まれている。

 うつ病の増加と過去12年、減少しない自死者数も、半径3メートルの世界の中でしか、もがき苦しむことができず、それを救済すべき家庭や職場、地域とのつながりが喪失していることが、実は大きい。

 こうした社会現象は、個々の生活意識を変えるだけでは、対応できるものではない。

 政治的な働きかけ、制度的な取り組みといったことが、当然ながら必要になる。が、しかし、孤衆化は政治の世界においても同様であり、政治そのものが、この問題に切り込める能力を失いつつある。

 小党乱立の傾向や同じ党の中にあっても、政策や政治手法において一枚岩でないことは、いまや自明のこととなった。

 政治そのものがエロス的なものとなり、政党内での密室化が進んでいる。また、政党という枠組みそのものが、孤衆化をキーワードに極めて緩み、一つひとつの政治的課題、政策目標を実現する力を劣化させているのだ。

 密着した人間関係、密室化を目指す孤の集合体を解体し、より外へ世界を拓くためには、半径3メートルの狭窄した世界からの脱却しかない。

 いまこの国は、国民も政治家も、もう一度、自由とは何かという問いを自らに課すときにきている。人の尊厳とは何か、豊かさとは何か。そうした原理的な問いを失っているところに、世界の狭窄が始まっている。

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