新年特別寄稿 
第32回 騙りの地平 虚飾の正義




 ポピュリズムというのは、大衆迎合主義と訳されますが、そもそもは、エリート主義とは対立する概念として、19世紀から20世紀にかけ、アメリカで生まれた政治手法のことです。

 大衆が政治の中心に位置するために、大衆が期待する政治や政策をアピールし、それによって、幅広い市民運動を形成するために、マスコミを動員した大衆の啓発と組織化がその本来の意味するものです。

 大衆への情報開示や伝播をその柱とし、エリート集団だけで意志決定される政治から、大衆を広く取り込んだ政治を形成するという考え方です。

 すなわち、民主主義には、このポピュリズムというのは切っても切り離せない関係にあり、民主主義が転ぶときには、同じように、このポピュリズムが重要な要因となります。

 たとえば、アメリカ大統領選挙などに見られる、マスコミの活用はその典型ですし、生まれたときからネット社会にある、デジタルネィティブの若者たちが、インターネットの情報を通じて、世界中で連帯し、エイズ撲滅のための集会やデモを組織するというのも、この手法によるものです。

 既成の価値観や既得権の壁を壊し、新たな運動を起こし、大衆を組織するという点で、そこには、反既成権力とその権力を支えている、官僚への反エリート主義があります。

 しかし、これは、同時に人気主義による、衆愚政治ともなる諸刃の剣です。

 戦前のドイツでは、ヒトラーが権力を自分一人に集約することで、ファシズムが形成されますが、これを支持し、支えたのは第一次世界大戦で世界で唯一の敗戦国となり、生活が疲弊して、自信を喪失していたドイツ人の国民感情です。

 ヒトラーはこの民衆の生活への不満、他国への不満、そして、自信を喪失したやり場のない感情を巧みに読み、そこにゲルマン民族主義を強く訴え、これを大衆化することで、ファシズムを形成しました。

 また、イタリアでは、ムッソリーニが反エリート主義を唱え、日本的に言えば、漁師の組合のおっつぁんが浪花節的に、「金持ちやエリートに政治は任せられネェ」と、生活に困窮する貧しい労働者を取り込むことで、民兵組織をつくり、これが文民政治に圧力を掛けることになり、ファシズムを形成しました。

 同じようなファシズムでありながら、ドイツとイタリアのそれには大きな違いがあります。

 ヒトラーのファシズムは反エリート主義はなく、徹底したエリート主義とも言えるもので、ヒトラー自身、ゲルマン民族の優位性を鼓舞することで、偏狭なエリート主義を国民感情に植え付けました。そのための敵として、反ユダヤ主義を提唱するわけで、ある意味、ヒトラーのファシズムには明確な一貫性と論理性があります。しかし、その冷徹な論理性ゆえに、日本、イタリアを除く、世界すべてを敵に回してしまったという愚さがあります。

 しかし、イタリアのそれは、左派も右派もなく、義理人情や心情によって、「貧しいおらたちが、新しい、いい国にすんべ」といった類のもので、ラテン系らしく、非常に感情的で、直情的なファシズムです。言い換えれば、非常に無秩序で、無教養なものです。

 日本の戦前、戦間期のファシズムは、一般にドイツのファシズムの形態を模倣したと言われていますが、現実的には、このイタリア型に似ていて、昭和15年に近衛文麿総理大臣によって、指導、発案され、曖昧なまま誕生した、大政翼賛会といわれる挙党体制も、まさしくこれです。

 現在もそうですが、戦前においては、現在よりなお、欧米に比べ、政治の成熟度が非常に遅れていた日本では、世界各国の動向と思惑を収集できる情報力もなく、また、把握できていたとしても、これを分析できる頭脳もなく、適切な国際協調や連帯ができる、国際感覚とバランス感覚を持った、強力なリーダー、政治家が全くいませんでした。

 そのため、昭和6年の関東軍による満州侵略以後、国政・外交において強い発言権を持つようになっていた、陸軍内部の交戦派(いわゆる、統制派と呼ばれていた連中)、簡単に言うと、国土拡張派(侵略と言うよりは「拡張論」の呼称の方が大東亜共栄圏構想の基本概念に近いため)と対峙するために、一国一党主義というドイツやイタリア、ソビエトのような統制国家構想が浮びます。

 開戦を阻止できなかった総理大臣として批判されますが、近衛にしてみれば、大政翼賛会という挙党体制を取ることで、軍部を取り込み、その暴発を防ぐという狙いもあったのです。

 しかし、結局は、太平洋戦争へ向け、文民官僚(背広)組も、陸軍の官僚組も、暴走する陸軍内部の交戦的な統制派(国土拡張論派)を抑えることができず、近衛が描いた軍部のコントロールはできなくなります。かつ、当時の明治憲法では、天皇を頂点とする万世一系の皇国史観とも、天皇の統帥権とも、一国一党構想は矛盾するため、混乱し、物議を醸すのです。

 なぜなら、近衛文麿が国会から市町村議会までを統合する大政翼賛会の総裁となれば、天皇を頂点とする軍の指揮系統と矛盾するからです。

 ところが、アメリカとの開戦が避けられない情勢になって、状況が逼迫してくると、政治家も軍部も、パニック状態になり、天皇の統帥権は棚上げし、理屈はともかく、主義主張はともかく、とりあえず、戦時下においては挙国一致でなければという単純な思惑から、乗り遅れてはヤバイと左派も右派も中道派もこれに参加するというていたらくを見せます。

 ところが、こうした政党や軍部の動きに連動し、支持したのが、「打たれたら、打ち返せ!」と威勢のいい掛け声で結集した、烏合の衆、交戦よしとする教養のない、大衆でした。良識ある知識人たちの声も、軍部にわずかにいた国際感覚を持つエリート官僚たちの声も、すべて、その無知、無教養な声にかき消されてしまいます。

 その結果、制服組による文民統制(シビリアンコントロール)は全く機能しなくなり、日本から姿を消します。そして、大日本産業報国会・農業報国連盟・商業報国会・日本海運報国団・大日本婦人会・大日本青少年団といった、国民のあらゆる階層を取り込んだ国家最優先、陸軍の国土拡張論最優先の軍部主体の政策を支持する体制が出現したのです。

 いわば、「アメリカがシーラインを封鎖するなら、こっちもやり返せ! でなきゃ、おらたちの生活がますます苦しくなるだに!」といった状況の中で、「あっちの村でもやるんなら、おらたちの村も、そのなんたらっていう団体に入っておかねぇば、取り残されちまうだ!」「あとで、オメオメ頭下げて、入れてくれっていったら、笑われちまうぞ!」といった勢いで、戦争へまっしぐらの大政翼賛会が誕生してしまうのです。

 この点がイタリアの直情的なファシズムと非常に類似しています。

 昭和13年、満州事変以後、中国大陸への出兵を続ける関東軍によって泥沼化していた日中戦争を継続するために、国家総動員法が、やはり近衛文麿によって誕生しますが、これも、こうした大衆心理に支えられていました。

 そこにあったのは、世界恐慌によって国内経済が疲弊した中、追い討ちをかけるように、陸軍の一部が始めてしまった満州侵略によって、さらに生活が困窮していた国民の生活不安とジレンマがありました。

 侵略によって、国土の拡張によって、国家経済がよくなると考えたのは、陸軍の統制派、国土拡張論派ばかりでなく、国民感情もそれを後押ししていたのです。しかも、陸軍の統制派と呼ばれる軍上層部は、エリートと言われた、士官学校、陸軍大学出身者の中でも成績の振るわなかった東条英機ら、落ちこぼれ集団です。

 ここにイタリア的ファシズムの構造が成立してしまったのです。

 つまり、軍部をコントロールしていたエリート官僚を脇に置き、威勢のいい掛け声を上げる、落ちこぼれの軍人たちが、反エリート主義を主張することで、軍の中枢を握り、かつ、その呼びかけに、ちまちましたエリート政治家や官僚に嫌気が差していた大衆が迎合したのです。

 そこにあったのは、敗戦によって露呈した、虚飾の正義でした。

 軍の力の誇示なくして、外交はできないという嘘をつき、武力には武力によって立ち向かうしか解決の道はないのだと国民を騙し、連呼し続けた一部の国際感覚なき、英語もまともにしゃべれず、書けず、欧米人とまともに会話もしたことのない、無知無能の国粋主義者たちです。


 いまテレビや一部雑誌で、羞恥心もなく、先の戦争責任は日本にはなかったと愚かなことを騙り続けている、元航空自衛隊空爆長の田母神俊雄とそれに同調している、「新しい歴史教科書をつくる会」会長の西尾幹二、さらには、彼らを、無能の大衆よろしく、支持している、大政翼賛会雑誌WiLLのやっていることは、まさに、この反エリート主義を主張し、「文民政治家に政治は任せておけないから、田母神のような人間に政治の中枢を握らせろ!」と同じニュアンスで、結果的にファシズムを煽り続けているのです。

        


 昭和13年頃の日本の政治経済状況と現在は非常によく似ています。生活格差を抱えた経済状況、にもかかわらず、企業は格差をよしとして人を切り捨て、政治は無能で、国民のための具体策を提示できない状況、それらが非常に類似しているのです。

 現実に、WiLLの総決起集会には、田母神の講演に熱烈な拍手と賛同が沸き起こり、まさに、明日、北朝鮮に向け、自衛隊が出兵して、コテンコテンに打ちのめしてしまえというような熱気に包まれていました。

 だから、核武装も当然という空気が会場を包みました。この扇動の責任は一体、だれがとるのか。

 しかし、述べてきているように、緻密に過去の歴史を紐解けば、田母神の言っている歴史観や「新しい歴史教科書をつくる会」の論調が、いかに手前勝手で、うすっぺらいものかがわかります。

 田母神を航空自衛隊の現場のトップの人事にさせた自衛隊の体質や防衛庁(当時)の見識のなさも非難されるべきですが、田母神は本来、そうした立場に立てるようなキャリアを積んできたエリート官僚ではありません。まさに、東条英機のように、成り上がってやっとトップの座を手に入れた人間です。

 その男が講演で平然と、制服組を無知無能呼ばわりし、北朝鮮との温い外交交渉ではだめで、交渉が決裂すれば、自衛隊が出兵して徹底的に叩く必要があるとまで言い切っています。

 自衛隊が憲法でその立場を保証されてない云々を彼は言いますが、彼の騙りの内容はその問題とはまったく関係がありません。彼の言動そのものがすでに憲法を無視しているからです。

 彼は自衛隊の責任者の一人であり、国民が選んだ文民政治家によって統括管理される立場の公務員に過ぎません。まして、国の防衛という仕事に当たり、憲法に拘束される人間が、個人の意見だから何を言ってもいい根拠などそもそもないのです。

 それは言論統制ではなく、憲法に拘束される立場の人間が国民への当然の責務として全うしなくてはならないことです。解任、更迭が言われたのもそのためです。

 彼の理屈は、大統領じゃ頼りにならないから、核のスイッチを自分たち軍人に持たせろと言っているのに等しいことです。

 憲法は国民が統治者、権力者を縛るための最高規範で、田母神のような公務員はこれに従う、公僕としての絶対の義務と責任があるのです。なぜなら、彼は私たちの血税によって生活を保証された人間で、それ以上の存在ではありません。

 近代憲法の成り立ちについて、この人はまず勉強すべきです。

 そして、何より、彼が厚顔無恥なのは、そうした反政府、反文民統制を主張しながら、ポストにしがみついて、自己の主張をし、民主主義の原理をまっこうから否定していることです。

 そこまでのことを公務員が語れる権利はありません。憲法を理解する能力がないなら、まず、国家公務員法から勉強すべきです。さもなくば、自ら潔く職を辞すべきだったのです。日本男子という言葉を彼は連呼しますが、ならば、率先推移、職を辞し、日本男子としての誇りと名誉を示すべきだったはずです。その上で、持論を展開すればいい。その気骨もないところで、自分ではない若者の命を犠牲にする戦争を語る資格などありません。

 しかも、そればかりか、私たちの血税から捻出された、退職金もしっかりもらい、かつ、テレビや雑誌に登場し、国粋主義を煽り、扇動することで金を稼いでいる。この姿は醜いとしか言いようがありません。

 彼の講演に参加していた人々の多くが50代以上70代前後の連中だったのは救いでもありますが、同時に、危険でもあります。かつて、戦争をよしとした強い声は、自ら戦地へ向かうことのない、こうしたロートルたちだったからです。

 しかし、現在のように、政治・経済が混迷しているとき、かつての日本のように、間隙を縫って、こうした大政翼賛会的な空気が勢いを増すのは予測できることです。

 そして、田母神のような人間を利用して、私欲を膨らまそうとする輩が暗躍します。

 その付けを最後に払うのは、だれなのか。

 いま現実に企業が自分たちの付けをだれに払わせているのか。

 いま、この国の政治が政治家の付けをだれに払わせているのか。

 その一点を冷静にみつめても、田母神及び、彼を利用し、祭り上げている輩の背後にある者の浅ましき姿が見えてきます。

 しかし、こうした深慮もせずに、芸人同然にテレビに露出させ、同じく学識も教養もないおバカタレントに、田母神の意見へ賛同させているテレビ制作者たちよ。

 あなたたちは、視聴率のためには憚ることなく、人を利用しますが、かつて、300万人もの人々が命を落とした、戦争への道を、ファシズムへの扇動の責任を、あなたの命で贖う覚悟はおありなのですか?


リストへ                  ページトップへ