第29回 アメリカンスタンダードの嘘と真実



 人は依存するものがない状態を怖れます。

 とりわけ、同調圧力の強い日本人にこの傾向は強く、自由であることの寄る辺なさが生む不安から、自らの選択で、自由であることそのものを拒絶し、自治権すら放棄する民族です。

 自立と自治の概念が私たちの国で定着しないのも、自立と自治を背景として成立する公民意識が欠如しているのも、このためで、日本の歴史を紐解けばすぐにわかるように、仏教の伝来、元寇、明治維新、そして、敗戦後の日本にみられるように、外圧によってしか、私たち日本人は社会変革を起こせません。

 明治維新以後、自国文化の確立よりも欧米文化の導入によって近代化を図り、かつ、敗戦後はアメリカの文化や外交・経済戦略をモデルとすることによって、国や人々の生活のあり方を決定して来ました。

 つまり、戦後63年の日本の歩みは、安保条約に象徴されるように、アメリカの価値観にすべて依存した中でつくられて来たものです。

 アメリカとの同調によって、敗戦国からアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国となり、バブル期はアメリカを凌ぐほどの消費社会を出現させ、バブルが破綻すると空白の十年を埋めるために、アメリカがバブルの崩壊から立ち直った手法、新自由主義を言われるままに導入し、「自民党をぶっこわす」と電通が考えたコピーに踊らされ、政府も経済界も、そして、大衆も、自由市場原理と格差社会を持ち込みました。

 しかし、「民間でできることは民間で」という一見、官僚機構の弊害を打破するように聞こえる政策も、実は、アメリカ型の自由市場原理とそれによる競争社会をそのまま移入しようとしたに過ぎません。

 倒産、大リストラによる雇用の喪失、非正規雇用労働者の増大、地域間格差、自殺者3万人強、教育崩壊、重大犯罪の増加、年金問題、福祉・医療負担など、社会不安を生んでしまったすべての元凶はここにあります。

 構造改革が目の仇にした、共同体意識には排除や差別、画一性などの弊害があるにせよ、そこには、これまで日本人が日本人足りえて来た、「お互いさま」という互助の精神があり、One for All、All for oneという地域力を育てていたのです。

 「おせっかい」という他者への関心によって、さりげなく隣人救済をし、「もったいない」という環境意識によって、資源を大切にできた民族です。アメリカ的な豊かさはなくとも、明日食べるものに困らなければそれで足る。「足るを知る」という精神文化が「おすそわけ」という富の分配を生み、足ることを「ありがたい」と感謝し、余剰な富を追い求めようとはさせなったのです。

 競争によって勝ちあがり、他者より豊かで優位な社会生活を生きる。このアメリカの勝者の論理では、家庭も地域も、社会も、そして国、世界も立ち行かなくなってしまった現実が私たちの前に出現しています。

 資源の枯渇、環境破壊、人口増加、南北問題、内戦・紛争など、先進国の富の追及がいまや先進国の首を絞めるところまで進展しているという現実です。

 また、人々に過度のストレスを与え、不安を生み、心のゆとりを奪っています。それは、未来への希望や夢が失われているという現実でもあるのです。

 アフガンやイラクへの介入により、世界秩序を守ると言いながら、テロの増大によって世界秩序の崩壊を導き、軍事やオイルマネーを握る一部のユダヤ系を中心とした大富豪の意のままに操られ、それに経済が連動する。それがいまのアメリカの姿です。

 アメリカが世界NO1の国家を標榜するならば、そこに世界秩序と平和安定のために、率先して取り組むべき国の生き方があるはずです。京都議定書を含め、アメリカがイニシアティブを取り、地球環境のためになすべきことを実践すべきです。環境を破壊する権化とも言える戦争を自らが率先して進めるなどは言語道断の愚行なのです。

 もし、アメリカにそれを実行する意思や力がなければ、日本が世界に声をかけ、世界秩序と平和構築のために行動すべきなのですが、これまで述べて来ているように、依存症から脱却できないこの国の政治家、大衆は、そこまでのビジョンを持ちません。

 また、日本の精神文化についての正しい理解もない、どこかのおバカな首相は所信表明演説の冒頭に、戦前の天皇制時代の奏上を言葉にし、日本民族の精神性が表明できたと思っています。

 アメリカのサプライムローンに端を発した、株価の大暴落と低迷によって、アメリカが世界NO1であることの弱味をこれほど明確に露呈したことはありません。

 依存型の日本の株式市場は、アメリカの株価に一喜一憂しますが、日本の金融機関がバブル以降展開した非人道的ともいえる、合理化によって、いまどれほど強くなっているかを知りません。一部、生保などの例にあるように、地方銀行や信用金庫など、小泉政権下で不動産の証券化に踊り、アメリカの余波を直撃されるところがあるとは言え、欧米に比べたら、その危機の度合いには雲泥の差があるのです。

 現在の日本の経済情勢や企業のポテンシャルから見たら、株価は1万円程度、円は1ドル100円程度が妥当です。揺さぶりはあるにせよ、そのラインの回復が一番早いのは世界でおそらく、日本です。

 株価の下落で先行きの不安を言うのは、アメリカに依存しなければ、次の発想、次の世界経済のビジョンが見えていない、おバカの言うことです。

 この10数年、アメリカの言うなりに生きて、私たちの国がどれほどの辛酸を受け、かつ、どれほどの人々が生活苦や困窮から自殺や事件に遭遇しているか。それがまったくわかっていません。

 先日のNHKの世論調査で、次の内閣総理大臣は自民党麻生太郎がよいという意見が48%にも上るこの国は、おバカな国と言うしかありません。確かに、それに代わる与党にも、おバカはたくさんいますが、長期に権力の座にいるおバカとやっとこ政権をとったおバカでは、同じおバカでも、違います。

 ひたむきでないおバカとひたむきなおバカの差です。

 どうせ政治に期待せず、わが国の明日の行方にも関心もなく、いまの自分の生活さえよければという考えなら、つまり、どうでもいいなら、国民の言葉に疑心暗鬼になる、権力を持たない素直なおバカを選ぶべきです。

 十年先を見れば、アメリカの超大国一国主義が崩壊するのは明らかです。ロシア、中国の大国化による多極化は避けて通れません。その新しい世界で、日本は崩壊へ進むのか、それとも新しい世界秩序を自ら提言し、富の追求だけを幸福の基準としない生き方があると説いて行けるのか。その端境期に、私たちは立っているのです。

 崩壊したアメリカンスタンダードを信じる人間と信じない人間。どちらが新しい世界地図の中で生きていけるのか。関心無関心に関わらず、自分たちの子どもたちによりよき未来を約束できるか、それが、いま問われています。

                                      

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