第6回 撤退する意思、崩壊する主権


 国政において、内政と外交が密接な関係を持ち、同時に、多国間とのリレーションシップがなくては、自国の国政を十分に保全・維持できない、現在のような世界情勢を一般にグローバル化と呼びます。

 グローバル化とは、言い換えれば、エネルギー、食料、バイオテクノロジー、環境、IT、軍事における安全保障が多国間の連携や合意がなければ成立し得ないという世界的現実とこれを打開するための方策を示すものです。
 
 しかしながら、冷戦崩壊後、アメリカが推進してきた世界戦略は、このグローバル化を「アメリカンスタンダードの承認」という構図に摩り替えることでした。現在、日本で使われているグローバル化という言葉も、その大半がアメリカンスタンダードを意味したものです。

 しかし、これは世界規模で見れば、アメリカ、イギリスを軸とした数ヶ国しか承認していない、幻想の基準に過ぎません。中国、ロシアを始め、南米・中東・アフリカ地域、日本を除くアジア諸国において、あるいはフランスなどEU諸国の中にも、アメリカが唱える世界戦略をグローバルスタンダードとすることに異議を唱える国は多く存在します。

 アメリカが過去、現在、そして未来へ向けて推進し、今後も推進しようとしている世界戦略は、あくまでもアメリカが世界における唯一の超大国として、優位な地位を得ようとするためのもので、多国間の対等の連携と協調による相互の利益向上こそ、平和安定の道であるとする、本来のグローバル化の意味とは大きく異なります。

 つまり、エネルギー、食料、環境、バイオテクノロジー、IT、軍事において、世界中の国家がアメリカのそれに帰属、依存しなければ、一国の国家形成も国益の確保も難しいという状況を地球規模で創造しようとしたのが、アメリカの言う、グローバル化、すなわち、世界一の軍事力を背景とした、アメリカンスタンダードであり、もっと言えば、ブッシュ政権が唱える「民主主義」の承認の要求なのです。

 地球温暖化対策として、フロンガス、COの排気量を規制した京都議定書の批准を拒否し、牛肉輸入問題で全頭検査を基本とする日本の検査システムを無効とし、アメリカの基準を持って安全とする強引な姿勢を見れば、アメリカの言う世界戦略が自国の国益のみを前提としたものに過ぎないことは明白です。 
 中東地域が、イスラエルへの無償武器供与を続ける一方でパレスチナの平和と安定をアピールするアメリカの矛盾を痛烈に批判するのも、その背景に、ユダヤ資本や石油資本を背景としたアメリカ一国主義が歴然と見えるからに他なりません。

 こうしたアメリカの一国主義は、具体的にはITにおけるマイクロソフト、食におけるマクドナルド、スターバックスの戦略、あるいは、エンターテイメントにおけるディズニーやハリウッド映画の戦略、ヒトゲノム解読の著作権独占に見られるように、原材料、生産、流通、販売、マーケティングからその著作権まで、あらゆる分野をアメリカが寡占化し、システムをアメリカンスタンダードに書き換えようとするものです。

 これは、一見、世界的汎用性を持ち、生活の利便性や快適さを提供する高度な科学技術や技術開発の恩恵を世界の人々に提供しているという装いを持ちながら、その実、それぞれの国にある伝統と歴史が生んだ食文化や生活文化を悉く破壊し、国家のアイデンティティーを崩壊させ、各国の既存の開発力や生産力を骨抜きにするものでしかありません。

 アメリカのこうした危険性に鋭敏な国や市民は、当然ながら、自国の主権、伝統文化を守るためにアメリカの世界戦略に異議を唱えます。緊迫し続けている中東情勢とそれが生むテロ事件は無論ですが、日常生活に根ざした異議もあります。

 フランスの田舎町にマクドナルドが出店すると聞いて、農民の一人が、それでは自分たちの村が営々と育んできた、生産、流通のシステムや食文化が破壊されると危機感を持ち、これを焼き討ちした事件があります。また、アフリカ地域では、遺伝子組み換え作物による食糧支援を拒否した例もあるのです。

 そこにあるのは、アメリカとの関係に依存することが自国のアイデンティティ及び多国間においける連帯、連携の協調関係を創造していく上で、決して有益ではないというバランスのとれた政治判断、国民感情です。
 
 超大国アメリカと言えども、世界の中のひとつの国に過ぎなく、アメリカが考える平和や安定とそれぞれの国、市民が求め願うそれは決して一致しません。宗教から伝統文化、生活様式まで違うそれぞれの国に、自国の考える正しさを強要しても、結局それは、一時的なもので、深くその国根ざすことはないのです。
 
 ところが、そうした現実があってもなお、イスラム教国家であるイラクに強引に民主主義を導入し、いつか安定が生まれるという幻想を、アフガン、イラクの内戦状態の現実を無視して、ブッシュ政権が主張できるのは、第二次世界大戦後の日本での成功があるからです。
 
 立憲君主制の戦前の日本がアメリカが導入した民主主義によって、自由主義国家の優等生として、アメリカ並みの成長と経済発展を実現した。その記憶が、アメリカの懲りない世界戦略の雛形となっているのです。
 
 日本でアメリカンスタンダードが定着したのは、そこにイデオロギーも自国文化や国家主権への認識も、国民全員が合意する共通した宗教理念もなかったからに過ぎません。一度も市民革命を経ず、制度変更のみによって社会構造を変えられる国であり、そういう節操のない国民性であるがゆえに、可能だったに過ぎないのです。

 戦後60年の日本の成長は世界戦略も多国間交渉についても何も方針を示さず、何も考えなかった中で達成されたものです。それは、アメリカンスタンダードを受け入れていさえすれば、安全保障のあらゆる分野が機能し、アメリカの傘下にあることで、あらゆる外交交渉から撤退できていたからです。
 
 日米首脳会議を終えて、小泉純一郎が発した言葉は、まさに、外交戦略と国家の安全保障を自国の力ではなく、アメリカの傘下でしか築けないという日本外交、日本の安全保障の現実を、国、国民を代表する立場の人間が、何の羞恥心もなく、自ら露呈し、すべてはアメリカの意のままにという、日本の国家主権さえ放棄する発言でした。
 
 「アメリカの国民のみなさん、私をやさしく愛してください」とプレスリーの歌のタイトルを引き合いにして、気の利いたジョークを発したつもりだったのでしょうが、あのブッシュでさえ、その言葉に、困惑と唖然とした表情を浮かべたのです。英語力の足りなさとはいえ、日本及び、日本国民を代表する人物が、世界のメディアの前で、LOVE ME TENDERと笑顔で言葉にできる脳天気さは、そのまま日本人の無知さと民度の低さを世界中にアピールするものでしかありませんでした。

 アメリカがアジア戦略において、日本よりも中国を重視し、中国も多国間交渉の窓口を日本ではなく、アメリカと看做している理由も日本国総理大臣の軽薄さとそれを高い支持率で支えている日本国民の脆弱さを見抜いているからに他なりません。
 
 おそらく、日米首脳会談のこの発言を受けて、尖閣列島問題においても、竹島問題においても、この数週間の間に、中国と韓国は外交交渉を無視する行動に出るでしょう。それはとりもなおさず、日本は大した外交戦略は持っていないという現実を小泉純一郎があの場であからさまに示してしまったからです。

 靖国参拝問題に続き、彼はまた、この国の国益を損する行為を笑顔でやってのけました。

リストへ                            TOPへ