人権啓発ビデオ『白紙のページ』上映後講演
     
      日本近代の人権の問題点と今日の差別の実態 

           

■質問に応えて

 「どのような経緯で、撮影や取材の難しい屠場を舞台としたドキュメント作品を制作したのか」というご質問ですが、この作品は徳島県と財団法人徳島県同和対策推進会という同和関連団体が同和対策推進のために一つになった財団が制作したものです。

 ですから、最終的には各団体や県の人権担当部署の合意がなければ一つの企画を実現することはできないことになっているのですが、この徳島県同和対策推進会には辣腕を発揮する非常に優秀な女性の事務局長さんがいらっしゃいまして、この方が専門委員のみなさんと丁々発止、意見を交換されて作品づくりを行って来られました。

 実は、この団体は今年3月で新組織に改変されてしまったのですが、この『白紙のページ』までは2年に1本、短編1時間の啓発映画の制作と毎年30分程度のドキュメント作品をつくっていて、東京都人権啓発企業連絡会の指導者養成セミナーで上映された『見えないライン』という、現在話題になっています、格差や学歴差別の視点から差別の問題提起した作品も私が監督と脚本を担当させていただいて制作しております。その経緯で、同和対策推進会の方から短編ドキュメントの制作も担当してもらえないかということで喜んでお引き受けしたわけです。

 『白紙のページ』というのは私が付けさせていただいたタイトルなのですが、屠場労働の姿を通して同和問題や差別について描きたいというのは、実は、同和対策推進会や事務局長さんが数年前から検討されていた企画で、事務局長さんも同和地区のご出身で、お兄さんも食肉業界に関わる仕事をされていたということもあり、食肉における問題や差別の問題を実感されていて、積年の思いとして屠場を舞台にしたドキュメンタリーがつくりたいという願いがあったわけです。

 その中でどういうものをつくろうかという話し合いの中に入れさせていただいて、私の方から一つご提案させていただいたのが、屠場労働の現実というのが私たちの社会からどんどん見えなくなっているのではないかということが一点。それから、いろんなご意見がありますが、今日ご覧になってわかったように、私たちが子どもの頃の屠場に比べれば遥かに工場化されていて美しいんです。そこで、美しくなって差別意識は変わったのかというのが一点です。

 私は、小学校の高学年の頃に北九州市の門司港の外れに住んでいたことがありまして、そこには屠場がありまして、同和地区と接した場所でした。明治時代、解放令が施行される頃に同和地区の人々の権利を考えようと動いた近衛連隊のえらい軍人がいて、その方の出身地であることでも一部知られた地域です。で、その頃見た屠場というのは本当に整備されていない建物で、近寄るのがこわいなという思いを小学生に抱かせるような雰囲気がありました。それに比べれば、いまは工場ライン化されていて、品川の屠場もそうですけれども美しくなっています。

 しかし、美しくなればなるほど、ますます生き物の命を奪って食べるという人間の現実が私たちの生活から見えなくなっていっているのではないかと感じるわけです。たとえば、美しい高層ビルができて、かつてそこには、下町の商店や雑貨屋さんがあって、においもあって、もっと言えば、私たちが子どもの頃は水洗トイレにもなってない状況もありましたし、川もドブ川で結構臭かったりしたわけです。

 そういう中で子どももいろいろなことを体験しながら成長して来たという過程があるのですが、そこには汚いものも一部見えるという社会があったと思います。

 それが非常にきれいな高層ビルの建物になったことで、かつての街の姿も全く見えなくなって来ると古い風景が都市化の中でどんどん紛れて行くようになって行く。そうすると屠場労働のあり方とかそのバックグラウンドにあった差別の問題も私たちの社会から見えなくなってしまっているのではないかということをご提案して、それはどこから始まっていたんだろうというところを考えると日本近代のところで私たちが白紙にして来たものがあるんじゃないかと。

 本当なら、そこで詰めておかなければならなかった問題を反故にしてしまった結果、白紙にしたままのページが私たちの社会の中にあるのではないか。その先鋭的なものが、屠場労働とか屠場の中の仕事の姿ではないかというふうなご提案をして、白紙のページというタイトルで、そのことを根幹に据えながら、現在の屠場の姿とそこに働く人々、それから差別の厳しい時代に働いていた人々、過去・現在というものを描いて、そこに新しく吹き上がって来ている私たち社会の差別の姿を描いて行ったらどうだろうとお話をして、ご賛同を得て、スタートしたという経緯です。

 とは言え、「つくりたいから、はい、つくりましょう」というのがうまく行かないのがこの世界で(笑)。みなさんもよくご存知のように品川の屠場見学も手続きが大変ですよね。ましてやカメラが入りますから、屠場労働の方々の顔が写ったりしますので、このことについてもいささか自己規制があったりとか、実はこの作品をつくる2年前、徳島市の食肉センターでは食肉業者間の利権抗争があって殺人事件まで起きています。

 ですから、微妙な問題もあって、カメラ取材があることについてはいろいろな問題があってしかるべきだったのですが、冒頭に申し上げましたように、徳島県の同和対策推進会が積年の思いとして食肉センター、屠場を描きたいという願いがあって、ずいぶん以前からまめに根回しをされていて、徳島市・徳島県は勿論ですが、食肉センター、食肉業者さんなど関係団体や食肉センターを支えて来た同和地区のみなさんにも改めて話しをしていただいて、やっと実現したという形です。

 ですから、私は作品をこういうふうにつくりましょうという企画とフレームについてはいろいろなご意見を申し上げましたが、実際に裏の方でこういう作品がつくれるような状況、取材のカメラが入れる状況をすべてつくっていただいたのは、同和対策推進会、とりわけ事務局長さん、一人のお力に拠るところがとても大きいです。そのことを私はいまでも非常に感謝しております。

 屠場にカメラが入ると職人さんたちですから、「何でカメラ撮ってるんだ!」なんて怒る方がたくさんいるものなのですが、幸いなことに、そういう方は1名しか出会いませんでした(笑)。

 私も事前取材で屠場で働いていらっしゃる方、働いていらした方、食肉センターや県の衛生検査所などの方々とかなりお話をさせていただいて、「こいつは俺たちのことちゃんとわかろうとしている」と信頼していただけるようにはできるだけ努めさせていただいたつもりです。

 そうしたみなさんのご協力のお蔭で、私は撮影に入って、不快な思いをしたことはその怒鳴られたくらいのことで、本当にみなさんに温かく見守られて、励まされながらつくらせていただいて、こんなにいい方がまだ日本にはいるんだなと(笑)。とても楽しい、手ごたえのある仕事をさせていただけたなと感謝しました。

 その次のご質問で、「試写や公開後の反応は?」ということなのですが、作品が完成しまして、徳島県の人権関連の部署の方、教育委員会のみなさん、同和対策関連の団体のみなさんなど集まっていただき、観ていただきました。反応の方はさまざまでした。

 関係団体、部署のみなさんにご覧いただく前に、取材にご協力いただいた当事者のみなさんにご覧いただきました。地域名も隠さずに、堂々と表記して紹介させていただいたわけですが、その地域の施設で試写をしていただいたんです。

 とてもいい反響でした。「ふざけんな」じゃなくて、「よくぞつくってくれた」というものでした。ただ、みなさんが異口同音におっしゃったのは、「これは自分たちではなくて、知らない人に見て欲しい」という意見です。要するに、同和地区のことや屠場のことをよく知らない人に見てもらって、学んで欲しい、知って欲しいという意見が最後には多かったわけです。

 自分たちの仕事を正等に評価してもらって、自分たちの言いたいことを言わせてもらって、全体像がよくわかるのでよくできた作品だと思うという評価をいただきました。普通の試写会だと盛り上がらないのですが、異様に盛り上がって、笑いあり、ジョークありの楽しい試写会でした。

 で、県とか教育委員会での試写会をやらせていただいたのですが、こちらはガードが固いですね(笑)。

 県の人権担当の方たちは、食肉センターの取材などにもともと関心がおありになっていたということもあり、「こういう作品ができてよかった」という意見はあったのですが、使われる側、教育委員会だとか、人権センターでも指導する側のみなさんは、屠場の現実、私は生産ラインはとてもきれいで工場のようだと子どもの頃の記憶と比べて思っているのですが、まさに、こうした映像を見ることが気持ちが悪いと言う方がいたり、中高生に観せるとなるとこの映像に耐えられるかという話が出て、使い方が非常に難しい作品ではなかろうかというご意見がありました。

 屠場の現実を知るためにこれはつくっているんで、生き物が殺され、食肉とされる過程をカットしないでつくったんですが、それについては抵抗感があるということを正直におっしゃっている方が教育委員会関係にいらしました。これは、使い方の問題としてだと思いますね。

 私も監督ですので、販売した先の反応を聞くというのは東映さんのリサーチの範囲で、営業さんの世界なので(笑)。試写会での印象程度しか持ち合わせていないのですが、ただ、そうした使い方の問題についてご意見がでる度に申し上げているのは、今日のお話と関連するのでこれをとっかかりに話を進めさせていただいたいと思います。

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■隠微な方向へ格納されていく人権侵害

 私たちの社会は、いつからか、正確に言えば、1980年代後半くらいから、要するに高度成長でバブルが生まれ、いままでとは違う消費文化に私たちが入って来た中で、東京だけではなくて、全国で都市化が進んでいきました。

 都市化することが決して悪いことだとは言いませんが、社会の中から、生活の中から、においとか、歪なものとか、汚いものとかをどんどん整理していく。たとえば、同対法ができたときにも、同和地区の住居が見た目に汚いとか、貧相であるとか、生活が大変であるとか、作品の中で宮崎さんも述べていますが、要するに、そう言う理由できれいな家をつくる、箱物をつくる、きれいな橋をつくる、きれいな道をつくるという形の中で予算がずいぶん使われた。

 そういう形の中で、側の部分、外側の部分を非常に美しくつくり上げて、ぼくにしてみれば、デフォルメしてきたと思うんですが、デフォルメしてきたために失われたものもたくさんある。そのことで、我々が生活の中で学習していけていた、差異の問題とか、差異をどういうふうに繋いでいけば、差別のない人間関係を築けるのかというようなことを学ぶチャンスがどんどん失われて、皮膚感覚や肌感覚、「感覚」というものも失われて来ているということがあるのではなかろうかと言うふうに思うんですね。

 では、日本の社会はどうしてそのように感覚を無くしてしまったのか?

 私は、人権映画だとか、人権のドキュメンタリーだとか、あるいは個人的に教育や社会問題をテーマとしたシンポジウムを主宰してやったりしているのですが、そういう活動をしていて必ず突き当たるものが、私たちの生活から人間的なものが失われていっているという危機感なんですね。
                                            作品の中で宮崎さんが言っていますが、小学生、中学生、高校生が学校の中で、「いじめをどう思ってる」と聞けば、当然、「いじめはいけない」と言うわけですね。「いじめはいけない。それは人を傷つけるから」。そういうことは言うにもかかわらず、実際そうなのか。

 実は、つい最近、いじめ関連の作品を何本かつくったのですが、いじめがいまどこで起こっているかというと実は学校の中ではなくて、インターネットだとか、携帯メールの中で起きているわけですね。

 総務庁も発表していますけど、いじめ被害の約8割がいまインターネットの書き込みと携帯メールによる被害だと。表側に建前があって、 それはとてもきれいですね。差別はいけないとか、いじめはいけないとか。ぼくはいじめは人権侵害だと思っていますので、差別と同義なのですが、そういうことはあってはいけないし、ないはずだよねというところで、きれいな塗り壁になっているんですね。

 その一方でいま社会でどんなことが起こっているかというと宮崎さん然り、ぼくがいじめの取材をしたとき然り。裏側の裏側で起きているんですね。表側が塗り壁で、正しいことをみんなが言っているけれども、その裏側、プライベート空間でいじめがある。そして、宮崎さんが指摘されているように、2ちゃんねるの書き込みには同和地区への差別発言がいっぱいある。これ、見ていただくとわかるんですが、在日差別もすごいです。

 ということで、プライベートのまた裏側にインターネットだとか携帯メールというのがあって、人々の差別感だとか、差別意識というのがどんどん隠微な方へ落とし込まれているというわけです。

 表側ではどういうことが起こっているかというとスルスルっと人権侵害はいけませんね、差別はいけませんねということが引っ掛かりのない、非常に当たり前のこと、だれも否定できないコメントとして流れていっている。

 二重構造、三重構造になっているというのが私たちの周辺で起こっていることだろうと。宮崎さん的に言えば、薄い透明の膜として社会全体を覆っているということが言えるのだろうと思います。

 実は、宮崎さんとは多少縁がありまして、宮崎さんならきっとこういうコメントを言ってくれるだろうというねらいがあって、私の方からこの作品には宮崎学さんをと提案させていただいたわけです。

 それはともかく、こういう世の中だということをまず認識していから、私の場合で言えば、それを基本にして人権啓発の作品をつくるなり、社会問題のシンポジウムをやるなりしていかないと、現実とは筋違いなことをやってしまう危険がある。本質が見えないまま、うわべの部分だけ一生懸命きれいにしているということが起きてしますのではないかと考えているわけです。そういう形で人権啓発作品ができましたよというようなことになってはいけないなと日々、肝に銘じているわけです。

 そう言った点で、屠場労働の現実、牛を解体して、内蔵を出して、そこで検査をして、内蔵はホルモンとして、肉は枝肉として自分たちの食卓に並んでいるのだというところを見せないとわからないことが多すぎる。

 いろいろなご意見はあるとは思いますが、私は見せるべきだと思います。

■死を目の当たりにするのことの意義

 いわゆる死というものを身近に感じられない時代なわけですね。みなさんよくご存知のように、いま亡くなる人の大半は病院の奥で死んで行くんです。ぼくらが子どもの頃、ぎりぎりでしたけど、家で死んだんですよ。 年寄りが干からびて、家族、親族、孫や近所の人や子どもたちに看取られながら死んで行くという姿ですね。そのことによって死を共有できたわけです。

 ところが、いつからでしょうか。死は忌むべきもので、子どもに見せちゃいかんとかね。病院の奥の方で、延命治療やって管付けにして少しでも長く生きながらえさせるということをやって、それで本当にクオリティ・オブ・ライフは守られているのかということを考えたら、いかがなものか。その人の死の姿を見せないことが本当にクオリティ・オブ・ライフなのか。

 人間の生活の質向上ということは、別にきれいなものを見せることだけが、人間の生活の質向上ということではないわけですよね。人間としての本来性と人間として生きて行く上での価値を与えられるかどうかがQOLだと思います。ですから、死を遠ざけるということが本当に私たち日本人にとって幸せなことなのかどうか。

 たとえば、鶏とか解体すると臭いですよ。牛の解体はそれほどにおわない。豚の方は少ししますけど。実は、子どもの頃、父が鶏を解体しているのを間近にしたことがあって、鶏の解体は臭いというのを経験しているのですが、確かに教育委員会の方が心配されるように、私はそこから大学生になるくらいまで鶏肉が食べられなくなりました。解体して、臭くて、ショックで。それを家族が水炊きにして食べているのを見て、こいつら野蛮人かと思ったわけです(笑)。

 しかし、何のことはない。自分が食えない大学生になると何でもうまいなっと思ってバクバク食べるようになりました。いま考えれば、とても贅沢な子ども生活をしていたんだろういと思います。

 じゃ、そういう私のようなショックを受けても、それで人生観がすごく変わるとかいうことはないわけです。いま生物の授業で解剖をやらないんですね。昔、蛙の解剖とかやりましたよね。すごいところでは鶏の解剖なんかもやっていたんですね。

 これはなぜかと言うと1997年の神戸の酒鬼薔薇聖斗の事件があってから急速に生体解剖は止めようという動きが出たんですね。彼が小動物虐待をやっていたということが明るみに出て、それへの対応として自主規制していったわけです。

 この話も同和地区で試写会をやったときにお話をしたんですが、みなさんが異口同音に言ってました。「そういうことをやるから、少年の残虐な犯罪が増えるんだよ」と。生き物が死ぬ。解体されて自分たちの食になっているということを見ていけば、逆に、命の尊さはわかるって言うわけです。自分たちが日々、その仕事に携わっていて実感しているわけです。「もったいない」とか「大事にしなくてはいけないな」とか。

 ところが、大人の側が、そういうものを目に見えないところに格納して、白い塗り壁の中に埋めてしまって見えないようにするから、逆に犯罪的な関心も高まるだろうし、歪な感情が生まれて来るんじゃないかと。そういうニュアンスのことをおっしゃるわけです。

 ぼくもそう思うんですね。ショックを受けたり、いろんなことがあるでしょう。だから、大人はショックを受けたり、衝撃を受けたりしたことに対して、ちゃんとフォローしうる大人でなければならないと思うし、もし、そこでフォローしえなかなったとしても、それから何年か後には自分で肉をさばいて、バクバク食べるということもあるわけです。

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■怖れない教育の必要性

 ぼくは、教育というのは、その時に結論が出ることを期待するのはおかしいと思っています。教育というのは種を蒔くことですから、それが5年後、10年後、彼が大人になってから、彼女が大きくなってから、それがどういうふうな枝を付けていけるか。そのための大切な種を蒔くことが、教育だと思っていますので。その枝ぶりだとか、枝のなり方に関してまで、その当時の教育者が示唆的に関わり合うことは非常に不遜なことだと思いますし、もっと言えば、教育そのものがマインドコントロールに近い要素を持っている。教育そのものがとても不遜なものなんです。

 もともと不遜なことをあえてやっているわけですから、自由裁量権をできるだけ子どもたち個々に与える必要がある。それは、ぼくは子どもたちの人権だと思っているわけです。そのために大人ができることは、いい種をたくさん蒔いてやる。場合によってはショックな種かもしれない。だけど、そのときに放ったらかしではなくて、いろんな意味でのフォローが必要です。だけど、だからと言って、最初っから危険性があるからとオミットしてしまう社会の方がこわい。

 もっと言えば、こういう情報は国民にとって不具合があるかもしれない、時の政権にとって不具合があるかもしれない。ゆえにオミットしておこうといういうのと全く同じ発想ですよね。だから、情報はきちっと開示をする。勿論、年令だとか、状況はあります。

 これは有害情報規制の中でもありますけれども、たとえば、一つのテレビ番組を見る。そこに濃厚なラブシーンが突然現れたとします。子どもの頃よく体験しますよね。ぼくも小学生の頃よくありましたが、家族みんなが何をしゃべったらいいんだろうみたいな空気になって困るのですが、そういうときには決まって母親が言うんですね。「わぁ、すごかっちゃが〜」。うちは福岡なものですから博多弁なんですが、「わぁ、すごかことばしよんしゃあばい〜」みたいなことを明るく言うんですね。ところが、これは批評になっていて、笑いが起こるんですね。そうすると子どもとして、これは恥ずかしいことでも、異常な関心を持つことではないんだということで対象化できるんですね。

 これは私の瑣末な個人的体験を言っているようですが、アメリカの社会学の研究でもちゃんと言われていることで、有害情報を家族で観ていて、そこにいろいろな意見のやり取りがあるときと子どもが一人で有害情報に晒されているときでは、子どもへの影響が全然違うのです。

 一つの情報を得ているときに、同じ情報をみんなと共有しながら観ていると、徳島の教育委員会の方が心配した、これを観て子どもたちがショックを受けたらどうしようという不安が、実は、解消できるんですね。子どもたちの中で情報を対象化しようという行動が生まれて来る。そこにいい形で大人のサジェスションが入って行けば、解決できる方法もある。

 そのようなことも考えて使い方を考えて行けば、怖るるに足りないのではないかなと。怖るるに足ることだと考え過ぎてしまって、規制することの方が社会的にも教育的にも危険な面があるのではないかなと思っています。

 ご質問の流れかから、導入としてお話することはこのようなところです。

■日本的な集団主義の問題点

 今日は、人権啓発教育のご専門のみなさんばかりなので、いちいち私が「日本近代とは」などとお話したら、みなさん、先輩の方々ばかりですので(笑)。「お前、何言っとるんじゃ!」ということになりかねないのですが(笑)。

 話をわかりやすく始めますと、ついこの間、松岡利勝大臣が亡くなったじゃないですか。石原慎太郎都知事は「侍だった」と。田勢さんという日本経済新聞の頭脳と言われた元論説委員で、いま早稲田大学大学院の教授になっている方は、「非常に性格もいい人で、農林水産行政においては能力も高かったが、何かを守るために、これ以上事件が発覚しないため、詰め腹を切ったんだろう」ということを言われていて、「墓場まで持っていった情報がきっと何かあるんでしょうね」なんて話をされていました。

 塗り壁をどうしてつくってしまうのだろうという点で、実はこの松岡大臣の自殺にも同じフレームが私には見えるわけです。

 「何かを守るために」と言ったときに、何を守っているかというと大体、組織。組織の価値観。そういうスタンスだといろんなことが起こって来ますよね。

 いじめの問題が発覚して、去年から今年にかけて自殺者が連鎖して出たときに、教育委員会の対応や教師の対応がいろいろと問題にされました。マスコミは鬼の首をとったように報道していました。それもいかがなものかと私は思いますが、ただ、いじめの問題がありながら、どうしてないことにしてきたのかというところに、やっぱり、組織であったり、建前を守ろうとする気持ちがあったからですよね。

 みなさんご存知だと思いますが、いま不登校児が学校に何人いるかとか、いじめがどれだけあるかというのは、ある意味で、学校管理能力を問われる部分で、校長、教頭、教師が大変な思いをするわけですね。
同時に、教師が放課後につくらなくてはいけない書類たるやもの凄い量で、授業が終わった後でも課外活動やって、生活指導やって、なおかつ、管理体制の中で用意しなくてはいけない書類が膨大にある。

 それを一日の間に片付けなくてはいけないということは、睡眠時間が足りない。帰宅時間がいかに遅いかということもあるのですが、そういう現実がある中で起こっている問題でもあるわけです。ですから、決して教師だけの問題ではないと思いますが、結局、守ろうとしたのは組織であるとか、建前。

 こうしたことが私たちの世の中にはとっても多いと思うんですね。

 たとえば、屠場労働のことを街頭でインタビューすると若い人は正直に答えるわけです。「気持ち悪い」とか「生き物を殺すから」とか。「でも、そうしないと食べられねぇじゃん」というのがあるのだけれど。で、すごいのは「肉は自動的にベルトコンベアから出てくる」とか(笑)。ある幼稚園で鯛の絵を描きましょうと描かせたら、切り身の鯛の絵を描いたという有名な話がありますけどね。

 だから、原型すらわからないほどの教育になっているわけですよ、私たちの社会っていうのは。建前の塗り壁の部分だけ見せて、裏側はこうなっているんだよ、世の中ってこうなんだよ。いい人もいるけど、悪い人もいて、いい加減な奴もいるけど、いい加減な奴にもいいところがあって、まじめだけど凄く悪い奴もいる。人間の多面性だとか、複雑さ、怪奇さ、妖艶さ、淫靡さみたいなものを学習するチャンスを失っているし、大人自身も失っていると思います。

 組織論の中にはめ込んで、そこだけ守るように凌げば、何とかなるという社会になっているところに大きな問題があるんじゃないかと思っているわけで、松岡さんの死というのは、ある意味非常に古典的な自殺だと思いますけど、よく考えれば、地盤を守るためにお金が必要だったと。地盤を維持し、人の信頼を築き上げて、人間を養って行くためにはお金が必要だということで、非常に孤立した、ある地域だけの集団主義ですよね。あるいは自民党のある部分、政治と金に塗れたある部分を守らなくてはいけないかったということですね。

 人間の命を賭してまで守ろうとするものって、逆の見方をすれば、非常に排他性が高いんですよ。日本の古い共同体と同じく、排他性の温床で、中にいる奴はいいけど、外にいる奴は違うという端境をつくってしまうことになります。そういった中でつくられる文化というのは、どこから出ているのかなと強く思うわけです。

 たとえば、西欧だったら、このレジメで例に挙げていますけど、『アルマゲドン』という映画だと一人の飛行士が地球を守るために、おっさんが娘たちにお別れして、彗星にぶつかって行くんですね。後、『パトリオット』という愛郷心というタイトルの映画は、戦争はイヤだと言っていた男が家族を守るために、苦悩しながら、戦に参加する。それから、『パッション』というキリストの嘆きの道を描いた映画もあります。

 アメリカやヨーロッパの映画で、何かのために命を賭すというと大体、地球や世界を守るためだったり、宗教的自己犠牲だったり、家族のためだったりする。ところが、日本の場合は、自分が帰属している組織のために死ぬ。あるいは組織の上層部を守るために自殺する。そういうケースが美徳だとされるわけです。そこに大きな違いがあるのですが、その点の違い、集団意識・共同意識の違いというところをしっかり見ていなかいと塗り壁と裏側かという構造式がよくわからないだろうと思います。

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■人権啓発の壁

 そういったことで、つらつらとレジメに書き込んであるのですが、簡単に結論からいいますと、公民意識というものがなかったら、人権の問題も社会には定着しないと思っています。

 公民意識というのは、つまり、国を支える一人の市民として、国と私はどういう関わり合いがあるのか。国と地域はどういう関わり合いがあるのか。国と家族はどういう関わり合いがあるのか。国が公民の権利を保障してくれるという関係性の中で公民意識があって、そこに人権意識がある。

 だから、私たちはよく人権の問題だけを議論しますよね。たとえば、同和地区の問題を扱うとなると同和の始まりはいつなんだと。歴史はどうなんだと。いろいろな意見があります。平安の荘園文化のところから江戸時代で構築されて、明治になって解放令が施行されたが、実体は伴わず、水平社運動が起こるというような形の中で、人権問題についていろいろ話し合いをしますよね。

 それが人権教育だというのはあるのですが、それプラス、公民権意識が私たちの国ではどうなのかということを考えた中での人権という考え方をしていかないと、まず、人権の問題が社会的な広がりを持ちづらい。それでは、人権の問題は人権の問題として収束して、他とのリンクができないだろうというふうに思っているわけです。

 公民意識の形成ということから言えば、私たちの人権意識がどうしてこんなふうに育たず、多くの方が努力されながら、現実には、表にあったものがどんどん裏側に潜んでいって、しかし、その数はどんどん増えていっている。この差別の実態、隠微に増大している差別の実態に対して、有効な施策が打ち出せないんじゃないかということなんですね。

 この間の人企連の講演でもお話したんですが、いろいろな人権啓発、擁護団体がありますが、それぞれの組織に論理がありますよね、必ず。一般の人権意識もあまりない、人権問題もあまり詳しくない市民の人たちが、ちょっとだけ関心があるという人たちが、それぞれの団体が持っている主張の正しさだけを言われてしまうと引くわけですよね。

 みなさんはご専門ですから、そういう経験はお忘れになったかもしれませんけれど、たとえば、同和の問題や在日の問題をを語り始めると「え〜」と引くという知人がいます。勿論、無知だから引くんですが、その問題を取り上げた瞬間にスッーと何かが引いて行く。どうしてそういうことが生理的に起きてしまうのかというと、人権を専門にやっている方々がいろいろな思いで語って来た強さだとか、場合によっては解放同盟などもそうですが、圧力団体になっていますので、圧力団体の怖さだとかね。そういうことが先走りしてしまって、人権啓発のことに関して人々を巻き込んで行くことに大きな桎梏となって来たということがあると思います。

 このことに関しては、人権問題に関わりながら問題を起して来たところは痛烈に自己批判すべきですね。この間の大阪の食肉事件や不正給与支給事件然りですね。食肉のことに関して言えば、徳島でも内部闘争をやっているわけです。そういうことをやれば当然、一般市民は引くわけです。そうした利権や内部闘争に追い込んでいるのは、清潔な顔をして同和地区差別を行って来た社会に問題があるというのは、無論、自明のことです。しかし、人権問題を市民問題、公民の問題として広げて行くには、これからその理屈は通じません。

 たとえば、ぼくらが学生時代に内ゲバ闘争というのがありました。鉄パイプで頭をかち割るとかですね。そういうときに革マル派の人間が教室に来て、授業料値上げ反対闘争を一緒にやりましょうと言うわけです。

 ぼくは言いましたが、「ちょっと待てよ。お前ら、殺し合いをしてて、ここに来てきれい事で、授業料値上げに反対してくださいって言っても、みんな引くの当たり前だろ。誰がお前たちのところに集まるんだよ。じゃ、まず、何で自分たちは内ゲバやって、何のために授業料反対やってるのか明確にしろよ。した上で、みんなの気持ちが“ああ、わかった。授業料値上げに対して、革マル派に協力しよう”というのであれば、それは仕方がない。しかし、それについての何の説明もなく、自分たちは利権闘争しながら、それは君たちの権利を守るためにやってるんだからと言われたところで、誰か聞くかよ」と。

 非常にわかりやすいことですよね。単純明快なこと。しかし、人権擁護や解放運動をやってるところで同じようなことが起こるというのは、自分たちの人権の問題としてしかやってないから起こるんですよ。

 自分たちの人権ですね。でも、自分たちの人権じゃないですよね、人権というのは。人権というのは誰にでもありますよね。

 たとえば、ぼくは『見えないライン』というのをつくったんですが、これは格差の問題、いま話題になっている格差社会の問題を描いているわけですが、徳島である会議のときに、解放同盟の方とか同和関係の方が、ここには同和が一つも出て来ないじゃないかと指摘があったんですよ(笑)。

 しかし、「ちょっと待ってください」ですよね。「差別は同和だけですか」と。同和が差別問題で一番えらいんですかと。そういう方たちには、同和が出てないと差別を扱っていることにはならないんですよ。そんことはないですよ。私たち庶民でも差別は受けるんですよ。

 たとえば、私、調査しましけど、台東区・江東区・葛飾区・足立区界隈では、小中学校の生徒の5割が生活保護世帯という地域がある。日本の首都の東京のど真ん中で。港区とかなると全然違いますが、下町になるとそういう状態です。中学校の教師が言ってましたよ。何を教えたらいいのかわからない。夢を持てとか、希望を持てとか言えないというわけですよ。外国人労働者が多いっていうのもあるのですが、お父さん仕事がない。お母さんはパートに出てる。家の中はごちゃごちゃ。

 このままだと定時制に行けるかどうかもわからない。中卒で就職するしかないかもしれない。というような状況の中で、どういう指導をしていったらいいんだろうと正直、悩んでいる教師がいる。

 こういうことが起こっていること自体が問題じゃないですか。勿論、同和地区の人々は歴史的に長く辛酸を嘗めて来ています。そのことの重さは知っていますが、だからって、同和問題だけが差別の問題ではない。人権というのはみんなの問題なのです。みんなの問題として広げて行かない限りは、人権の問題が社会全体の問題として広がることはないんですよ。

 ところが、その桎梏になることばかりをやって来ているわけです。

■公民権の視点から人権を

 もう一つは公民意識という問題ですけど、人権の問題だと考えるから狭い世界に入っていってしまうんですね。じゃ、ちょっと待って、公民意識のことをちゃんと考えようじゃないかと。

 たとえば、私たちは明治維新以降、近代国家になったと思っている。
なっていませんよね。明治維新のときにやったのは、薩長土肥が組んだ藩閥と徳川政府の権力闘争に過ぎないじゃないですか。

 だから、日本人の中に近代国家の認識もないし、公民意識も当然ないわけですよ。ある日突然、治世者が変わった。それで結局どうしたかというと、みなさんよくご存知のように、明治維新が始まる頃から桂小五郎(木戸孝允)、岩倉具視含め考えたことは何かというといままでの将軍に代わるものが必要だと。みんなが忘れていた天皇を持って来ようと。錦の御旗が必要だったわけですよ。官軍でなければならない。ただ、それだけの理由ですよ。

 そのことによって結果的にどういうことが起こったかというと公民意識を持たせなくても、臣民意識で代替ができるという発見なんです。発音は同じでも皇民意識なんですね。だから、戦中の日本人は皇民として生きたわけでしょう。公民意識ではないですから、天皇が死ねと言ったら「死にま〜す」という話になるわけじゃないですか。

 公民というのは違うでしょう。公民というのは市民革命をやってえた権利ですから。つまり、この治世者は間違っている。封建制度は間違っている。ゆえにフランス革命は起きるんですよね。ロシア革命は起きますよね。あるいは、アメリカの独立戦争が起きますよね。そういうときには、自分たちが血を流して、血で贖って、自分たちの権利を勝ちとっているわけです。ゆえに、この権利は痛いんですよ。

 痛いがゆえに、それを維持して行くために国とどういう契約をするかというところで税の負担が出てくる。兵役も負担しましょう。その代わり、国は国民に対して、安全で安心な生活を生きるためのウェルフェアを提供しますと。これを法律のもとに契約するわけじゃないですか。

 法律のもとに契約した上で、治世者が何しでかすかわからないがゆえに、憲法というものを設けるわけでしょう。だから、近代国家は憲法がなくてはいけない。その憲法は何の憲法かというと、憲法というのは国民が治世者を縛るためのものですよね。国から国民がもらったものではないのですよ。つまり、治世者は憲法を遵守しなければならない。

 どっかの国の首相は間違ったことを考えていて、憲法審議会をつくって政府が憲法を変えられるが如く言っているわけですね。これは近代国家ではあり得ないし、外国の人たちが聞いたら、この国の首相はバカじゃないかと言いますよ。恥ずかしいことです、日本人として。近代国家と近代憲法が全くわかっていない。

 だから、アメリカでは修正第二条があって、アメリカ憲法の条文は触らずに、修正第二条で武装蜂起によって政府を倒してよいと保障しているわけです。なぜななら、憲法が国ではなく、国民のものだからです。

 ここのところがわかってない若い人がいっぱいいるんです。憲法は他の法律と一緒で政府が決めて、貰うものだと思っている。これ自体がもう公民意識が全くない。そういう教育をされていないということですね。

 そういう臣民意識レベルで人権の保障みたいなことをやって来ているわけです。だから、公民意識と人権意識がパラレルにならないと人権の問題なんて考えられるはずがないんです。

 産業革命で労働者が非常に不遇だった。小学生程度の子どもが児童虐待の如く働かされた。格差社会の中で、糧を得るために児童の労働があった。が、しかし、これはおかしいということがあって、そこでいろいろな施策が打ち出される。CSRもそこから生まれて、企業の社会的責任としてそうした児童を労働力として雇用してはならないという機運が生まれる。ということで、労働立法というのが生まれて来る。

 これも権利として勝ちとって来ているわけですよ。すべてがお国がくれるものではなくて、市民がそこに異議を唱えて、提案して、法制化して、国を動かして行く。そこの基本は何かというと公民、国民の一人として当然国が保障すべき、人権があるということをよく知っているわけですよ。

 だから、単に人権の問題としてだけじゃなくて、公民意識と日本人、日本近代と公民意識の問題というふうに考えて行かないと日本における人権の問題というのが広がりを持てない。非常に閉塞したところに、泥壷に嵌ったように狭いエリアでの権力闘争だとか、立場論による塗り壁が生まれてしまうんじゃないかなというのが実は私が今日お話したかったことの一つです。

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■人間の生理に行き当たるスティグマ性

 しかし、現実はともかく、具体的にはどうして行けばいいんだろうといろいろ考えます。なかなか答えが出ないんです。解決策がなくて、いつも悔しい思いをしますが、一つ参考になるかと思ったんですが、いまの世の中の透明感のある差別については、実は資料にありますけど、スティグマ論というのがあるんですね。

 社会学の用語なんですが、1960年代にアメリカの公民権運動が起こったときに、『スティグマの社会学』という本を出した、ゴフマンという社会学者がいて、これがいま労働関係とか、人権関係の分野で注目を集めています。

 それはどういうことかと言いますと、ゴフマンが指摘している社会の姿がいまの日本とよく似ているんですよ。

 ゴフマンの時代、お金持ちの豊かな層が出て来て、それを支えるためにイタリアンマフィア、ロシアンマフィアが登場して、ギャングとか二ガーの暴力集団が形成されたり、プエルトリコとかメキシカンとかコリアン、ネイティブアメリカンという低賃金労働の人がそれをさらに下支えするという構造が生まれたんですね。

 ここにアメリカの公民権運動というのは起こってくるわけですけど、そのときにゴフマンはスティグマ性を言うわけです。

 スティグマというのは、いわゆる烙印です。かつて黒人奴隷が牛や馬のように、所有者がわかるように烙印を押されたましたね。その烙印のことをスティグマというのですが、スティグマ性というのは黒人だけの問題ではなくて、社会全体の問題としてあるのではないかと、社会全体に差別の問題とか人権の問題が潜んでいるんのではないかということを指摘したわけです。

 その当時、ボールドウィンという黒人作家がいまして、実はぼくは大学で英文科にいたものですから、学生時代に愛読したのですが、彼の小説の中にスティグマ性のある特徴がよく描かれています。

 ゴフマンは、スティグマ性というのが社会の中で当たり前のことになっていくとみんなが違和感を感じなくなって来ると言うんですよ。差別は、最初は、敵対関係、排他の関係ですよね。お前は仲間に入れないよとか、お前とは結婚しないよとか。しかし、それが日常化して来ると社会が差別そのものを取り込んで行くんですよ。

 これは江戸時代がそうですね。この人権センターの土地にゆかりがありますが、地元の弾左衛門がそうですね。皮革に関わる同和の人間をまとめる同和の親分がいた。支配の側に立ち居地を持つ。牛耳ってもらった方が治世者の方は楽なんですね。そこで上前を取ればいいわけですから。社会的な居場所をそういう形で保障する。差別と被差別の関係が成熟してくるとそういうことが起きるわけです。

 そういう人に自分たちがやれない仕事、やらない仕事をやってもらうのだから、いてもらって当然だという空気ができる。ですから、社会がなんとなく差別なく、受け入れているような世界がつくられる。しかし、現実には賃金格差があったり、かつての黒人がそうであったように、エリアが違っていたりということがあって、現実的に見ると違う。

 ところが、スティグマというのはどういうところから生まれて来るのかというとボールドウィンがある小説の中でこんなふうに描いているんです。

 黒人の一人の男が白人の女性と結婚するんです。すると、その家は毎日襲われるんですね。「白人と結婚しやがって」というように。では、そのときに白人の男たちは何に対して怒っているかというと、実は嫉妬だったんですよ。黒人と白人が性的に結びついていることへの嫉妬。

 理屈じゃないですよ。人権が云々なんてことはボールドウィンは一つも言っていないんですよ。人間が妬みや嫉妬をどうして持つのかというと、それは対象者を自分と同じに見ているからです。よく白人が黒人を下に見て差別しているというようなことが言われるのですが、そうではなくて、実は、自分たちと同じ人間と思っているからそうした感情が沸く。

 もっと言えば、白人の黒人に対する性的なコンプレックスを要因として、性的な妬みや嫉妬が生まれているというのがボールドウィンの世界です。これは、白人の連中と話をするとわかるけど、アメリカでは白人が黒人を凄く意識しています。ほとんど対等なんですよ、見方が。

 同じだ、似てるなというところにスティグマ性というのはあるんですね。
たとえば、いじめの問題もそうなんですけど、人と違う行動をとる、目立つ、みんなの会話の輪の中に入らない。そういう差異があるといじめが生まれるんですが、これは自分と別の人間、あるいは自分とは別世界の存在と見なして、差異を取りざたしていじめの対象にしているわけではないんですね。

 精神科医の斎藤環が言っていることなんですが、アメリカ人とかイギリス人が日本人と違う所作をしめす、違う意見を言う、何か奇抜のことをするということがあっても、日本人はそれに対して寛容なんですね。たとえば、アメリカ軍が日本に進駐したとき、日本人は寛容だったわけです。

 しかし、これが自分たちと似ている中国人や韓国人となるとまず日本人は叩く。なぜか。似ているからなんですよ。スティグマ性というのは似ていることで生まれるんですね。似ているのに違うことをやるから許せなくなってしまうんですね。

 これは理屈じゃなく、生理なんですよ。

 たとえば、同和の問題もそうですよね。道挟んだ、すぐそこに同和地区があるわけじゃないですか。その中で、こいつらにはこんな仕事やらせようと使うわけだけど、すぐ近くにいる。『橋のない川』もそうですね。

 しかし、その中で、仮にすごく優秀だったりすると嫉妬心が沸くわけですよね。近いこと、似てること、そばにいるこによってスティグマ性が浮び上がる。

 社会が成熟してくるとそうしたものがあって当たり前になって来ますから、差別意識を心に持っていながら、表向きは塗り壁のようにそんなものはないよと言っている。

■生理に落とし込んだ啓発教育を

 かつては差別は明確だったわけです。地域の家並みや生活水準でそれとわかる。屠場がある。そういったことで排他の対象は目に見えて明らかだった。そして、排他しながら、関わりを持ちたくないとしながら、自分たちがやれない、やりたくない仕事を生活のためにはやるだろうと押し付けて来た。

 しかし、今日のように社会が成熟し、一定の生活水準が保障されるようになると対立で見えていた構造が見えなくなっていく。

 同対でつくられた立派なマンションが大阪などにもありますが、ほとんど人の住まないマンションって何なんだという話じゃないですか。同和地区の人自体が同和地区を捨てて、社会に紛れている。

 しかし、何かの拍子で紛れていたものが表に出てくると一斉攻撃の対象になるというのがいまの社会における人権侵害の構図ですし、しかも、普段はそれを表に出さない。

 この間、人権啓発企業連絡会の研修があり、たくさんの方がおみえでしたが、企業の中で人権侵害はいけないと言われ、その通りだと頷きながら、自宅に帰るとインターネットの書き込みで誰かを誹謗中傷している奴なんて企業の中にもいっぱいいるわけですよ。

 そこのところに手の届かない人権啓発をやっても、これからは弱い。そこに手が届くような啓発とかをやっていかなくてはいけないのですが、それじゃどこからやるのと言ったら、公民権のところからやるしかないのじゃないかと思うわけです。

 もう一つは、ボールドウィンが性を材料にして、差別の問題を人間生理の問題にまで落とし込んで描いたように、あるいは、スティグマのレベルで、アメリカ人だと腹が立たないことが韓国人だと腹が立つという、逆もそうですが、だから、対日本の問題になると韓国や中国の一部の人は過敏な反応を示す。

 ぼくの前の奥さんは中国人だったんですが、実は日本人とは全然違うのですが(笑)、一見似ていることでそういう生理的な感情が沸きあがるということを啓発の視点に入れていなかくてはいけない。

 自分たちの中にあるダークサイドの部分をしっかりみつめて、啓発教育の中に入れていかないと難しいのではないかと思っているわけです。

 みなさんのように経験を積まれて来て、人権のことも勉強されて来ていらしゃるので、いろいろな問題をご存知だし、相談を受けておられると思うんですね。また、人権関連の団体ともお付き合いがあると思うんですね。

 そういったところでやっていらっしゃるかもしれませんけど、ぼくにはまだ見て来ないので、みなさん、ぜひ、生理に落としたところで、ボールドウィンの話だとか、スティグマの話だとかで触れたように、生理に落としたところで、「どうなんだろう」という話をしていただけるようなことがあれば、もうちょっと届くかなと考えます。

 たとえば、ぼくは、ぼくが高校生だったらどうかなって考えるわけですよ。高校時代に啓発ものとかたくさん見させられましたけど、つまらなかったですね。作品がつまらなかったというのが一つ。それから、インパクトがなかった。きれい事なんですよ。薬物抑止だと「人間やめますか、覚せい剤やめますか」みたいな。

 みなさん、「人間やめますか、覚せい剤やめますか」ってどう思います? もの凄い差別だと思いませんか。ぼくは思うんですよ。覚せい剤や薬物をやったら、人間じゃないんですか。政府公報なのに、完全な人権侵害ですよね。

 なんで誰も文句言わないんだろうと思うんですけど。ダルクという薬物依存者の自助グループがあるんですが、そこには薬物依存から脱却して社会復帰しようとしている人を見ましたけど、みんな真剣にやってますよ。人間ですよ。

 ま、ことほど左様に、そんな軽薄なメッセージを見させられても心に届かない。届くところまで行ってないからですね。

 「薬をやったらこうなりますね。だからやめましょうね」じゃ、子どもは止まらないじゃないですか。それと同じように「人権侵害やっちゃいけないよ、悲しむ人がいるよ、こんなに苦しむ人がいるよ」って、見させられたからって止まらないじゃないですか。生理まで落とさないと。

 でも、それは映像だけではできないと思いますよ。映像には限界があると思っていますから、こういう社会的なテーマを描く上では。エンターテメントは別ですよ。娯楽としての映画の中に、人権の問題だとか、公民の問題だとかが描かれているものはそうでもないと思いますが、正面からこういうふうに人権だとかを扱う作品であればあるほど、限界値が高いと思います。

 実際にフェース・トゥ・フェースでいろいろなお話をされたり、いろんな講演会を組んだり、シンポジウムをやられたりとか、こういう勉強会をされたりする中で、塗り壁の話ではなくて、裏側で起こっている現実と私たちの中にあるドロドロしたものですよね、それが届くような話し合いをしていくか、届くような教育システムというのをつくっていくということがないと闇から闇へ、プライベート空間からインターネットの闇へ広がっているものをなかなか止められなし、宮崎さんが言っているような空気感のようなものを断ち切ることができないんじゃないかと思います。

 そういうことができな社会は決してよき社会とは思えないし、もっと言えば、これは誤解を生むかもしれないのですが、あえて言いますが、明確に差別の図式が、社会に表立って差別の図式があった時代の方が闘う対象ははっきりしているし、変えなきゃいけない意識もあるし、差別が明快だったと思います。

 一番、面倒臭くて、ややっこしいのは、いまのように、どんどん埋もれていっている状態だと思います。表側では、「全然差別してません」「いじめてません」「だって何もないでしょう、先生」と言われて、「でも、ちゃんといじめなんてないようにしろよ」と答えるしなない。「はい、大丈夫で〜す」と言われて、それ以上踏み込めない状態の中で、放置され、、起きる被害だとかが、実は、こわい。

 もう一つは、いじめも差別もそうですが、これだけ世の中が情報過多になってくると自分がいじめられているとか、自分が差別されている人間だということをあからさまにしたくないんですよ。知られたくないんですよ。それを知られることが、自分は劣っているんじゃないかとか、自分はおかしいんじゃないかとか思ってしまうんです。

 たとえば、『白紙のページ』の取材で登場してもらった、40代の方は、同和地区でさえ、いまの子どもたちは、自分たちの差別の歴史や差別のことを学ぶ機会が少なくなっているとおっしゃるんですよ。同和地区の中ですら、自分たちの地域性だとか歴史の学習が薄れている。

 そうなれば、そうなるほど、差別に立ち向かう強さが失われていくんですね。この作品に登場した70代のおじさんは、差別的な言葉で揶揄されて、若い頃は相手を殴り倒したなんておっしゃっていましたが、食肉を支える職人としての誇りと自負があったとおっしゃる。そこには骨太さがあるんですね。

 では、いまの子どもたちにその骨太さがあるかどうかと考えるとクエスションな部分がある。言えない、声が出せないという人たちは、意外に増えているのかもしれない。

 ましてや、インターネットの書き込みというのは、不特定多数の人たちに、いろいろな人に情報が伝わる。かつては地域の中だけのことだったことが、いまは地域だけではなくて、顔も知らない人間にあからさまに自分のことが誹謗中傷されて流されるというこわさがある。

 その辺のところをどう改善していくかということをそろそろ考え出していなかいと人権啓発に対して人が集まらない、理解されない、共感を得られないということになってしまうんじゃないかなと思います。

■最後に

 人権啓発や社会問題などの作品をつくるときに、いつも心がけていることを最後にご紹介したいと思いますが、レジメの最後のページにありますが、この10項目を自分が作品をつくるときに心がけています。

@豊かさとは何か
A幸せとは何か
B自由とは何か
C人権とは何か
D人を愛し、つながるとはどういうことなのか
E平等な社会とは何か
F人間性を疎外しない社会とは何か
Gそのために家庭のあり方、社会のあり方、世界のあり方はどうあるべきなのか
H他者の幸せのために、自分は何ができるのか
I自分は自分らしく生きているのか

 実は作品をつくるときに、このIが一番大事で、自分が自分らしくちゃんと意見を持って、いろいろな対立意見もありますけど、その中で自分も納得する形で作品をまとめているだろうか。基本的に物議をかもすときの方が多いのですけど、ある信念を持ってきちんとやることによって、塗り壁じゃないものにしようと思うわけです。

 裏側までを描ききっているかどうかはわかりませんが、少なくとも自分がつくる作品とか、話とかは塗り壁の部分は越えようとしていますよという姿勢だけは示そうと。だから、自分が思っていることは、確信を持ってお話する。その中でご意見があれば、それを生かしたり、参考にさせていただいたりして進めていければなと思っているわけです。

 2007年06月01日 東京都人権プラザにて

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